「交通機関における多様性」
歩道に関しては及第点といったところでしょうか。アスファルトの代わりに石のボードを敷き詰めて車椅子、乳母車のために平滑面を用意しています。ただ所々にある小さな凹には要注意です。車椅子の前輪が簡単にスタックしてしまい、上肢に力が入らない車椅子ユーザーは簡単に車椅子から飛び出してしまいます。因にデンマーク人が使っている乳母車はどれもタイヤが分厚くサスペンションが効くなど大きな段差でも簡単に乗り越えられるようになっています。環境によって使うものにも影響がでているのかもしれません。
対象的に自転車は非常に恵まれています。コペンハーゲン市内の幹線道路には必ずといっていいほど自転車用道路が整備されています。バイク、電動車椅子など動力をもつモビリティも自転車用道路の使用を認められているようですが、車道と歩道から分離されていることで安心して走ることができるといいます。また自転車は電車にもそのまま乗り込むことができます。跳ね上げ式の椅子が取り付けられた車両には自転車の他にも乳母車、車椅子、電動三輪・四輪車、大きなスーツケースを持った乗客など多様な方々が利用しています。日本で自転車を電車に持ち込むには、輪行袋に入れることが求められています。都心の混雑した電車内では他の乗客に迷惑がかかるからというのが理由のようですが、デンマークのようにモビリティ専用の車両を用意すれば、輪行袋に入れることなく気軽に自転車を持ち込め、かつ車椅子、乳母車など多様な利用方法が広がるように思います。公共交通にどうやって多様な利用者を包括していくか、安全性など様々な課題がありますが、同時に大きな可能性を秘めているように思います。
「バリアフリーツアーの限界」
今回、私はガイド役を務めたのですが、石畳の舗装状態が悪く、車椅子ユーザーには絶えられないということで途中で引き返した訪問先がありました。私の事前のリサーチ不足につきるのですが、なんともやりきれない気持ちになります。
ある旅行代理店によれば、“バリアフリーツアー”(障害をお持ちの方を対象としたツアー)は通常のツアーに比べ高めの価格設定だといいます。事前のアクセシビリティ調査に加え、そのほとんどの行程に専用車をチャーターして移動するためです。車椅子ユーザーにとって公共交通機関の利用はどうしても時間がかかります。また車椅子で使えるトイレを探すもの一苦労です。その点、専用車であれば行程管理がしやすくなります。
ただ旅の楽しみというのは、友人と一緒にいてこそということもあるでしょう。バリアフリーツアーという特定の方向けのサービスでは、それが適わないばかりかコストダウン効果も得られません。例えば、同行者と一緒に作り上げていくことを前提としたツアーであれば、共に旅を楽しめるものになるかもしれません。現地の調査なども分担し、互いに助け合いながら観光をすれば、仮になんらかの障害で行けなかったとしても楽しい思い出になるでしょう。ニーズが異なるから、それぞれのサービスを用意するのではなく、互いに助け合いながら作り上げるカタチもあっていいのではと思います。
デンマークの多くの施設は多様な特性の方々のためのアクセシビリティを確保するのに加え、 同行者と同じ動線になるよう工夫されているように思います。利用者に疎外感を与えない好事例 です。またデンマークの建築は、天窓を持つ大きな吹き抜けにエレベーター、エスカレーター、階段などの上下移動を設けている設計が多いように思いました。施設全体に光を取り組む効果的 な方法だと思いますが、日向が好きなデンマーク人の気質が影響しているのかもしれません。
「利用者の選ぶ権利」
今回宿泊した部屋はバリアフリールームでした。しかし同室だった車椅子ユーザーの知人は、通常の部屋でもなんとかしてしまうようで、特にバリアフリールームに拘らないといいます。ただ予約する際に車椅子ユーザーであることを伝えると「車椅子対応のものがない」というように自分の意志とは反し、カテゴライズされてしまうといいます。そもそも車椅子ユーザーが使えるかどうかは、サービス提供者が決めるのではなく、その利用者本人が決めるものです。サービス提供者は十分な情報提供を行い、判断を利用者に委ねる姿勢が必要ではないでしょうか。よってホテルの予約も、バリアフリールームがあるかどうかではなく、全室の設備、概略図を判断材料にしながら予約するというのが自然な姿のように思います。知人は写真があれば大方、想像がつくともいいますが、例えばホテル全室の360°パノラマ写真が公開されていれば、部屋の設備チェックも一目瞭然かもしれません。
「文脈の中で情報提供」
耳の不自由なメンバーには要約筆記、そしてつたない手話を駆使しながらコミュニケーションを図っていました。ただついつい必要事項だけを伝えてしまって、戸惑わせてしまうケースがありました。例えば、集合時間の変更、待ち時間の延長などは、なぜそういう事態になったかの文脈も一緒に伝えないと、なかなか理解するに至りません。コミュニケーションとはある文脈の中に成立していることを思い知らされます。
「まずは一言聞いてのサポート」
成田空港での介助の様子(左上写真)です。大勢で寄ってたかってのサポートは見ていて、少々いたたまれなくなります。サポートされる側も思わず悶絶です。おそらく基本的な研修さえ受けていないのではないでしょうか。もしくはマニュアルだけ読みあさって現場に駆り出されたのかもしれません。
障害をお持ちの方に対する配慮というのは、“障がい者”という通念で理解し、その人自身を見ようとしない傾向があるように思います。車椅子を使っていたとしても、その身体特性は多種多様です。固定観念を捨て、まずは「どのようにサポートしましょうか?」と尋ねて柔軟にサービスする必要があります。
一方、デンマークは非常にカジュアルです。「今日は沢山いるわね。ハイ、次、車椅子乗る人は?」と半ば冗談まじりに声をかけるコペンハーゲン空港のスタッフ(中右上写真)は、日本人のそれとは対照的です。個人的には、こちらの方が自然に会話が生まれ、気軽に介助をお願いできる関係のように思います。
我々日本人が彼らと同じようにカジュアルにする必要はありませんが、まずはマニュアルだけで理解したつもりにならないこと。前述の点字ブロックの事例のように建築設計においても同じで建築基準法、バリアフリー新法に準拠しているからといって満足してはいけません。環境は多様であり、ガイドラインは決して万能ではないということを肝に銘じておく必要があります。“障がい者”という“くくり”ではなく、あくまで多様な利用者の一つの属性と捉えることができれば、その当事者の気持ちになった配慮と設計に繋がると思います。
「まずは一言聞いてのサポート」
昨年のデンマーク留学中もコペンハーゲンには何度も訪れましたが、やはり当事者との同行は、より多くの気づきが得られるものだと再認識しました。ユーザーインクルージョンの理念は観光においても同様に展開されるべきものですね。そして日本の公共交通のアクセシビリティの高さも感じました。日本全体におけるユニヴァーサルデザインの取り組みが着実に成果を挙げているからのように思います。
一方で、国ごとに力点が異なることも興味を惹かれました。柔軟で整合性はとられていないが大胆な施策と設計が施されたデンマーク。標準化は進んでいるが、もうひとつ気持ちよさに欠ける日本。もう私たちは水平展開でボトムアップを図る段階から、個々のユーザー像を捉えた大胆な開発をすべき時期にきているのかもしれません。(IAUD Newsletter vol.3 第12号(発行:国際ユニヴァーサルデザイン協議会)掲載のものを一部改訂)
磯村 歩
株式会社グラディエ 代表取締役
ユルツナクリエイティブディレクター
デザイナー
ユーザビリティエンジニア
ユニバーサルデザインコンサルタント
1966年愛知県常滑市出身。1989年金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム株式会社のデザイナー としてビデオカメラ、デジタルカメラ、医療用機器などのインダストリアルデザイン、インタフェースデザインに従事。日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、財団法人日本産業デザイン振興会 グッドデザイン賞選定など受賞多数。特にユーザビリティ向上にむけたデザイン開発プロセスの改革に取り組み、2007年にはユーザビリティデザイングループ長としてデザイン戦略立案とHCD開発プロセスの導入と推進を担う。「感じるプレゼン」(UDジャパン)執筆以降、ユニバーサルデザインに関する講演を数多く実施。2010年には北欧福祉の研究のためEgmont Højskolen及びKrogerup Højskolen(いずれもデンマーク)に留学、また株式会社グラディエを設立し、現在に至る。