連載 第三回「人が関われる余白」
株式会社グラディエ代表取締役
磯村 歩
人をつなげる建築設計の様々な事例を紹介してきましたが、同時に、その建築に人が自発的に関わっていくためには、あまり作り込むのではなく、人が介在できる余白を残しておくことも必要です。
「子供たちのための余白」
デンマークのエコビレッジ「スヴァンホルム」には多くの自然が残されていますが、そこの子供たちは自由に自分たちの“陣地”を作って遊んでいます。広場に掲げられた“ドクロマーク”の旗は子供たちが侵略した陣地の証です。そして侵略者がいないかを確認する“見張り台”、お茶を飲みながら作戦会議をするための“キャンプ場”など、次々と陣地を拡げています。また、敷地内にあるうっそうとした茂みは、子供たちにとって大人の目から逃れられる秘密の場所でもあり、創造性を育むとてもいい空間です。そのいずれも住人や子どもたち自身で手作りしたり、古いものを活用したりしています。あらかじめ”用意された空間”ではなく、ちょうど良い具体の”余白”が子供たちの活動を活性化させているのです。
また、自然に囲まれていなくとも、子どもたちのための余白は作り上げることができます。住居の敷地内を車歩分離すれば、親も安心して子どもたちを遊ばせられます。子どものための余白を敷地内に織り込んでいけば、子育て世代を中心に多様な人々が集うことになるでしょう。
子どもたちが侵略した陣地の証”ドクロマーク”
「専用スペースを用意しない」
デンマークのエコビレッジ「トゥップ」にあるコレクティブハウスは、エントランスから個室までの動線に、共用のダイニングやリビングを組み込んで住人同士が触れ合う機会を生み出しています。逆に交流を前提としたスペースがあったとしても、あからさま過ぎてなかなか使われないといいます。日常の動線の中にいかに交流の機会をひっそりと織り込んでいけるかが、自然な会話を生み出します。当番制で食事を用意するコモンミール、共用のランドリースペースなどでも、住人同士のコミュニケーションが生まれます。
日常生活の動線にダイニングとリビング
「関われる空間とプロセス」
デンマークの幾つかのエコビレッジでは、自分たち自身で敷地内に公民館、保育園、高齢者施設、障がい者施設などを作り上げています。「自分たちの暮らしは自分たち自身で作り上げたいのよ。だってお仕着せのものはつまらないでしょ。私たちは社会的な実験(Social Experiment)をしているのよ。」といいます。こうした志向はデンマーク国民に根付く自己決定権の理念に基づいているように思いますが、このように自分たちで暮らしを作り上げていけば、愛着を感じ、大切に長くその住居に暮らしていくことになるでしょう。建築家はすべてを作り込むのではなく、住人が自主的に作り上げていける余地を残しておくことも大切です。もしくは建築設計のプロセスに、住む人を巻き込んでいくことも必要でしょう。コーポラティブハウスの設計段階における住人同士の対話は、竣工以降の持続的なコミュニティ形成に繋がるといわれていますが、作り込まない空間と、設計プロセスにおける住人参加が、その空間における様々な関わり合いを生み出していきます。(掲載:高齢者住宅新聞 2011年8月5日)
次稿につづく(9月5日発行)
磯村 歩
株式会社グラディエ 代表取締役
ユルツナクリエイティブディレクター
デザイナー
ユーザビリティエンジニア
ユニバーサルデザインコンサルタント
1966年愛知県常滑市出身。1989年金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム株式会社のデザイナー としてビデオカメラ、デジタルカメラ、医療用機器などのインダストリアルデザイン、インタフェースデザインに従事。日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、財団法人日本産業デザイン振興会 グッドデザイン賞選定など受賞多数。特にユーザビリティ向上にむけたデザイン開発プロセスの改革に取り組み、2007年にはユーザビリティデザイングループ長としてデザイン戦略立案とHCD開発プロセスの導入と推進を担う。「感じるプレゼン」(UDジャパン)執筆以降、ユニバーサルデザインに関する講演を数多く実施。2010年には北欧福祉の研究のためEgmont Højskolen及びKrogerup Højskolen(いずれもデンマーク)に留学、また株式会社グラディエを設立し、現在に至る。